東京高等裁判所 昭和60年(ネ)798号 判決 1986年1月28日
控訴人 乙山花子(旧姓 甲野)
右訴訟代理人弁護士 神山祐輔
岡村茂樹
被控訴人 甲野松太郎
右訴訟代理人弁護士 長島佑亨
香川實
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
原判決主文第一項中「浦和地方法務局」とあるのを「浦和地方法務局上尾出張所」と更正する。
事実
〔申立〕
(一) 控訴人
「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求める。
(二) 被控訴人
主文同旨の判決を求める。
〔主張〕
次のとおり当審における主張を付加するほか、原判決事実摘示中「第二 当事者の主張」の項記載のとおりである(但し原判決三枚目表三行目の「五日」を「二三日」に訂正し、七枚目表九行目の「と離婚訴訟提起」を削除する。)。
(一) 控訴人
原審は、控訴人の昭和五五年六月又は七月に本件土地の贈与を受けた旨の予備的主張(抗弁2)を民事訴訟法一三九条により却下したが、控訴人が右予備的主張を原審第一二回口頭弁論期日に至って初めてしたことについて控訴人に故意又は重大な過失はなかったのみならず、右主張の提出は次に述べるように訴訟の完結を遅延せしめるものではなかったから、原審の右措置は不当である。
すなわち、右主張の提出に先立って行われた被控訴本人尋問(昭和五七年七月七日、同年一〇月二〇日施行)及び証人甲野太郎の尋問(同年一〇月二〇日、昭和五八年二月二日施行)においては、むしろ被控訴人の側において右主張事実を前提とした尋問をし、それに副う供述がされており、再抗弁1の事実は当事者間に争いがなく、再抗弁2ないし4、6ないし8の各事実についても、それぞれ原審における証人甲野太郎、乙山松夫、被控訴本人、控訴本人の各尋問等によって証拠調が既に行われていたのであるから、控訴人の前記主張の提出によって新たな証拠調の必要が生ずるものではなく、訴訟の完結が遅延することはなかったのである。
(二) 被控訴人
控訴人の原審における訴訟代理人は、原審第九回口頭弁論期日において裁判官から昭和五五年の贈与を予備的に主張するか否かについて釈明を求められ、第一〇回口頭弁論期日において、昭和四三年の贈与のみを主張し昭和五五年の贈与は主張しない旨を明らかにしたので、被控訴人は第一一回口頭弁論期日において、昭和四三年の贈与の存否の点にしぼって従前の主張を整理し、証拠調の結果をも参酌した準備書面を提出し陳述した。ところが、控訴人は第一二回口頭弁論期日において突如昭和五五年の贈与を予備的に主張したのであって、右主張が時機に遅れた攻撃防禦方法として許されないものであることは明らかである。
〔証拠〕《省略》
理由
一 当裁判所も、被控訴人の本訴請求は理由があるものと判断する。その理由は、原判決の理由中第一項及び第二項1を引用する(但し原判決八枚目表一〇行目の「前記部分も」を「前記部分は」と訂正する。)ほか、次のとおりである。
(一) 控訴人の抗弁2については、被控訴人から民事訴訟法一三九条によりその却下を求める旨の申立がされているので、まずこの点を検討する。記録によれば、原審で右抗弁が提出されるまでの訴訟の経過は次のとおりである。
(1) 被控訴人は、訴状において、本件土地を昭和五五年七月二七日控訴人に(負担付で)贈与したことを自認したうえ、右贈与契約の解除、取消、無効を主張していた。
(2) 控訴人は答弁書で右贈与を否認し、昭和四三年に本件土地の贈与を受けた旨主張した。
(3) 被控訴人は昭和五七年四月七日付準備書面で右昭和四三年の贈与を否認した。
(4) 第九回口頭弁論期日(昭和五八年一一月三〇日)調書には、原告(被控訴人)の主張として、「被告(控訴人)の昭和五五年七月二七日の贈与契約の主張に対する再抗弁は主張しない」旨が記載されているが、控訴人は、第一〇回口頭弁論期日において後記のとおり述べているほか、その後に提出した昭和五九年一月二五日付準備書面においても昭和四三年の贈与のみを主張しており、右第九回口頭弁論期日当時控訴人が昭和五五年の贈与を主張していた形跡はないので、右調書の記載は「控訴人の昭和四三年の贈与の主張に対しては再抗弁を主張しない」という趣旨を誤記したものと認められる。
(5) 第一〇回口頭弁論期日(昭和五九年一月二五日)において、控訴人は昭和五五年七月二七日の贈与の主張はしない旨述べた。
(6) 被控訴人は、昭和五九年三月五日付準備書面(第一一回口頭弁論期日陳述)で、従前の主張を整理し、昭和五五年七月二七日の贈与云々は事情として述べたにすぎないものである旨主張した(これにより右贈与の主張は撤回されたことになる。)。
(7) 控訴人は、昭和五九年四月二七日付準備書面(第一二回口頭弁論期日陳述)において抗弁2のとおり昭和五五年六月又は七月に本件土地の贈与を受けた旨主張し、これに対し被控訴人は民事訴訟法一三九条により右主張の却下を申し立てた。
(8) 原審における証拠調はその殆どが第九回口頭弁論期日までに終了しており、右期日後に提出された《証拠省略》はいずれも抗弁2で主張されている昭和五五年の贈与の有無の認定に直接係わるような内容のものではなく、また、原審における控訴人の証拠申出で取調未了のものとしては証人甲野竹子の尋問があったが、右証人による立証事項は右贈与の有無と直接係わりのないものであった。
以上の各事実によれば、原審における控訴代理人は、被控訴人が当初昭和五五年七月二七日の贈与を自認していたのに対しこれを否認して昭和四三年の贈与を主張し、裁判所の求釈明に対してもその主張を改めなかったのに、被控訴人が右昭和五五年七月二七日の贈与の主張を撤回するやこれと殆ど時間的隔りのない同年六月末から七月九日までの間の贈与を抗弁2として主張するに至ったものであり、しかもこの間において控訴人側が特に右抗弁2で主張されたような時期における贈与の存在を意識してその立証に努めていた形跡もないのであるから、右抗弁2提出に至るまでの時間の経過、証拠調の進行状況にも照らせば、右主張の提出が控訴人側の重大な過失により時機に遅れてされたものであることは明らかである。しかしながら、被控訴人・控訴人間の本件土地の贈与の時期については、所有権移転登記に登記原因として昭和五五年七月二七日贈与と記載されているものの、そのほかにこれを的確に認定することのできる証拠はなく、従前の証拠調の過程においても同年における贈与の厳密な日時が問題にされたことはないのであって、このような本訴訟の証拠関係を前提として見ると、右抗弁2は、それが提出される直前まで被控訴人が主張を維持していた同年七月二七日の贈与と立証の対象としては殆ど径庭のない事実であるというべきであり、したがって、右抗弁2が新たに提出されても、右被控訴人の主張の存在を前提として行われ、前記のようにほぼ完了していた証拠調に新たに追加すべきものはなかったものと考えられる(このことは、前記のような控訴人側の原審における証拠申出の状況によっても裏書されている。)。そうすると、右抗弁2の提出は訴訟の完結を遅延させるものとはいえないから、これを却下した原審の決定を取り消し、右抗弁2の却下を求める被控訴人の申立を却下することとする。
(二) そこで、右抗弁2及びこれに対する再抗弁について判断を加える。
《証拠省略》によれば、次の各事実が認められる。
(1) 被控訴人の三男である甲野太郎と控訴人とは昭和三八年七月三〇日に婚姻し、被控訴人宅で被控訴人及び太郎の先妻の子である一郎、春子と同居して生活するようになり、昭和三九年六月に長女花枝が出生したが、(以上の事実は当事者間に争いがない。)、控訴人はその怒りっぽい性格も一因となって被控訴人や太郎と折合いが悪くたびたび実家へ帰り、昭和五五年五月二七日にも実家へ帰ってしまったので、太郎は控訴人を迎えに行ったり第三者に説得を頼んだりして控訴人を戻らせようと努めていたところ、控訴人は婚家に戻る条件として土地三筆を自分にくれと言い出した。そこで太郎が被控訴人や兄弟と相談した結果、被控訴人がその所有する本件土地を控訴人に贈与することとなって同年六月ごろその旨を控訴人に伝え、右土地の登記済証を届けた。控訴人は右登記済証を利用して同年八月六日請求原因2のとおり所有権移転登記を了した。
(2) しかし、その後も控訴人は太郎に対し、実家に世話になったので実家に渡す金を持って来るよう要求したり、家庭の問題につき親戚に干渉させないこと及び一生控訴人の経済的な面倒をみることを約束した文書を一郎に差し入れさせることを要求したりして太郎の許に戻ろうとしなかったので、太郎は昭和五六年一月に家庭裁判所に夫婦関係調整の調停を申し立て、その結果、同年五月二〇日に、控訴人は同月末日限り太郎方に帰宅し太郎と同居すること、右両者は従前のわだかまりを一切捨てて円満な婚姻生活を築くよう努力することを内容とする調停が成立した。
(3) 同年六月一日控訴人はいったん帰宅したが、早速その日の夕方些細なことから太郎、一郎と口論して実家に戻ってしまい、以後太郎の許へ戻らなかった(同日控訴人が実家へ帰り、以後太郎の許に戻らなかったことは当事者間に争いがない。)。
(4) 控訴人は、同年中に太郎に対し離婚請求訴訟を提起し、昭和五八年右請求を認容する第一審判決を得、これに対して太郎は控訴を提起したが、右控訴は棄却され、離婚を命ずる判決が確定した。
以上(1)ないし(4)の事実によれば、被控訴人のした本件土地の贈与は、控訴人に対し太郎の妻として太郎及び被控訴人らその家族と同居し協力すべき義務を誠実に履行することを条件とするものであり、右義務の具体的内容は個々の婚姻の具体的な状況や関係者の態度等に対応して様々に異なるべきもので一義的に明確であるとは限らないのであるから、単純な右義務の不履行を直ちに右贈与契約の解除事由とするものではないとしても、少なくとも右義務に著しく反する行為があった場合にはこれを理由とする解除権を被控訴人に留保する趣旨のものであったと解するのが相当である(被控訴人は、右贈与は右同居協力の義務を控訴人に負担させる負担付贈与であるとの前提の下に契約解除権の発生を主張するが、右同居協力義務は特に約束しなくても控訴人が太郎の配偶者として当然負担する義務をその主たる内容とするものであるから、右主張の趣旨とするところは右と同一に帰するものと解される。)ところ、控訴人は右贈与後右同居協力義務を殆ど全く履行しなかったものであり、かつ、右不履行につき控訴人の責めに帰すべからざる事由が存したことを認めるに足りる証拠はない(《証拠省略》中には、控訴人が太郎らに虐待され、やむなく実家に帰ったような趣旨の供述があるが、前記(1)ないし(4)の事実の認定に供した各証拠に照らし採用し難い。)から、被控訴人は右贈与を解除することができるものというべきである。
被控訴人が控訴人に対し本件訴状で前記贈与を解除する旨の意思表示をしたことは、記録上明らかである。
そうすると、前記贈与契約は適法に解除されたものであり、被控訴人は控訴人に対し右贈与に基づいて本件土地についてされた控訴人名義の所有権移転登記手続の抹消登記手続を求めることができるものというべきである。
二 よって、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条に従い主文のとおり判決する(なお、原判決主文第一項中「浦和地方法務局」とあるのは「浦和地方法務局上尾出張所」の誤りであることが記録上明らかなので、これを右のとおり更正する。)。
(裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 梶村太一 片桐春一)